ゆるゆる生活

Rumが日常と思ったことをゆるーく執筆します。双極性障害と共に生きています。

自分が創りたい「居場所」ってなんだろう①喫煙所?

僕の夢は今まで関わった人(病気になってからTwitterなどで関わった方も)の心の拠り所となるような居場所を創ることだ。釣りが趣味であるので、自分で釣った魚を出す魚料理屋を作りたいというのが現状の夢だ。

そしてまとまった時間ができたために、本当に自分が理想としている、自分にしか創れない「居場所」はなんなのだろうかと考えてみることにする。

(もしかしたらブログを書いている時は躁状態なのかもしれないので、本当に自分が「居場所」を創りたいのかも含めて考えている。)

 

なぜ居場所か?

自分自身の居場所を創りたいということが一番のモチベーションかもしれない。

この夢は大学生になった時からずっと思っている。

 

少し昔の話を振り返ってみる。

僕は高校まではずっと野球しかしてこなかった。その他のことはあまり記憶がない。

思えば、中学までは上手く行ってた野球でも高校の時に”イップス”という運動障害に悩まされていた。一種のトラウマにより、普通のキャッチボールさえもできなくなってしまう病気だ。本当に腕が思うように動かないのである。プロ野球選手でも悩む選手もいるためご存知の方もいるのではないだろうか。

まぁこの話はまた詳しくするとしよう。

 

そして大学に入ると、そこには様々な地域から集まった色んなやつがいた。

最初は様々なサークルや部活動に所属した(少林寺憲法バドミントン、スポーツ新聞会、フットサル、、などなど)

しかしいつしか、どの団体にも属さなくなっていた。

恐らく高校までの野球生活で団体行動に疲れていたのだろう。

 

ふとしたきっかけからある授業で仲良くなった奴と絡むようになっていた。

主に4人。全て僕より年上の奴らだ。1浪のやつ一人(仮面浪人)、2浪のやつ2人、6つ上のやつ1人(彼は国立大学を卒業してからもう一度大学に入った)。

みんな苦労していた。そしてそこからだ、僕は彼らに勧められ煙草を吸い始める。

自然と大学の喫煙所がたまり場になっていった。

そこから僕の大学の友達といえば喫煙所に集まる奴らが主な友達となっていった。

 

そこで会う奴らもまたどこか苦労していた。

僕自身の考えであるが、煙草を吸うやつらは苦労人な気がする。笑

これには反論もあるであろうが、まず何かきっかけがなければ吸う奴はいないだろう。

グレていいたという捉え方もあるだろうが、僕の周りには孤独と必死に闘っていた結果、「たばこが友達」みたいな奴が多かった。精神病患者も多かった。

 

集まる時間と言えばみんな授業をさぼっていたり、授業の合間だったりと、

特に”集合”の合図をしなくても集まってきたのだ。

そして、親には申し訳ないがだらしのないどこにでもいるような大学生だったため、時間など気にせず長い間たわいもない話をしていたことを覚えている。

例えば、次やるバイトは何にするかなど。その場で友達と一緒に応募したこともあったっけ。

僕が双極性障害の診断を受けたのは大学を卒業してからであるが、自然と喫煙所に集まったのも今考えれば必然だったのかもしれない。

でも大学を卒業をしてバラバラになってしまった今では誰かが”集合”をかけなければ当時仲良かった奴らが集まることはない。

 

喫煙所といえば、会社内、駅前と至る所にある。(今は減ってきているが)

でもあの大学時代の喫煙所の雰囲気はない。みんな何かに縛られて、次の予定へと向かっていく。当たり前であるが駅前の喫煙所で知り合いに会うことはほぼ皆無である。前職では仕事柄毎日のように新橋に行っていた。

新橋のSF広場前の喫煙所。あそこは全国でも有数の人が集まる喫煙所であろう。だが、みんな孤独に煙草を吸っているのだ。なので特に集合場所という意味はなしていないし、あの頃のような開放感は全くない。

 

特に”集合”の合図もなく知り合いが集い、日頃の鬱憤などを晴らす。

それよりは夢を語るのがいい。何がしたいとか、こんな楽しいことがあったとか。

場所は喫煙所という形でなくてもいい。僕が創りたいのはそんな場所だ。